えびの市の田の神2 |
「えびの市の田の神2」は加久藤エリア(旧加久藤町)と飯野エリア(旧飯野町)と「歴史民俗資料館」の田の神を紹介する。えびの市の田の神は農民型の田の神が多いのが特徴で、えびの市の田の神1で触れた「東原田八幡の田の神」「末永の田の神」をはじめ個性豊かなユニークな田の神像が多くある。制作年代も江戸後期より明治・大正・昭和とバラエティーに富んでいる。 その中で飯野エリアに多いのが膝を前に出してかがみ込みメシゲと椀をもつ像である。大河平の江戸時代と明治時代の製作と思われる2体の田の神や「末永の田の神」などがそれである。最も最近の作と思われるむえびの市文化センターにある田の神も同じ姿である。 「えびの市歴史民俗資料館」には宮崎県の農民型田の神の中でも最高傑作といえる「中原田 山形家の田の神」が展示してあり、見逃せない。 |
宮崎の田の神 Index |
宮崎の田の神 (83) 中原田 山形家の田の神 | |||
宮崎県えびの市大明司2146-2 えびの市歴史民俗資料館 「文政13年(1830)」 | |||
えびの市の歴史民俗資料館には4体の田の神が展示されている。その内の一体が中原田の山形家に伝わる田の神で、すばらしい彫りの田の神で、農民型田の神の傑作である。シキをかぶり右手に大きなメシゲをかかげるように持ち、左手にはメシを盛った椀を持って、力強く一歩踏み出して、田の神舞を踊っている様子を表している。めくりあがった袖口や肌けた襟元など写実的な着衣の表現がこの像をより動きのあるものにしている。 「奉寄進文政十三庚寅閏 三月吉祥日 山形直左衛門」の記銘があり、文政13(1830)年3月に山形直左衛門によって造立されたことがわかる。それ以降、山形家で大切にされ、風雨にさらされることなく今日に至っている。 |
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宮崎の田の神 (84) 歴史民俗資料館の田の神 | |||
宮崎県えびの市大明司2146-2 えびの市歴史民俗資料館 | |||
京町 今田家の田の神 「昭和21年(1946)」 | |||
下島内 内田家の田の神 「昭和21年(1946)」 | |||
京町 荒神堂の田の神 「年代不明」 | |||
えびの市には中原田の田の神のように、個人持ちや屋内で祀られている田の神像が多くある。資料館に展示されている残りの3体の田の神もそのような像である。京町の今田家の田の神は像高28.5pで、右手にメシゲ、左手にキネを持つ。昭和21年に製作され、10戸ぐらいので回り田の神として祀られていたものである。製作者は京町の石工、春田浅吉といわれている。 下島内、内田家の田の神も昭和21年に製作されたもので、回り田の神として屋内で祀られていた。像高27pでシキをかぶり、メシゲとキネを持つ。これも、京町の石工、春田浅吉の作と思われる。 京町、荒神堂の田の神は像高35pで、個人持ちか回り田の神であったと思われるが、いつ誰が持ち込んだのか、京町の荒神堂の大タブ樹の根元に置かれていたものである。 |
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宮崎の田の神 (85) 文化センターの田の神 | |||
宮崎県えびの市大明司2146-2 | |||
文化センターの田の神1 「昭和62年(1987)」 | |||
文化センターの田の神2 「平成2年(1990)」 | |||
歴史民俗資料館と文化センターの間の庭の正面にすえられている田の神は昭和62年、京町の石工、春田淺二によって製作されたもので、田の神像の後ろに「贈 昭和六十二年中秋吉日 石工 春田淺二 七二才 作 」と彫られている。春田淺二は湯田の萩原家や福元家の田の神像を昭和30年代に製作している。近くには平成2年造立のよく似た田の神像もある。この像も春田淺二の作である。この像の後ろには「平成二年八月 食と緑の博覧会 寄贈 日本アイビーエム株式会社 制作者 えびの市浦 春田淺二」の刻銘がある。 | |||
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宮崎の田の神 (86) 松原の田の神 | |||
宮崎県えびの市小田 | |||
えびの市松原の国道268号線沿いの小さな木造の祠に祀られている。自然石の田の神で、バイバス通過時に、三分の二埋められ、現在は上部に白い顔が描いている。顔の周りを茶色に塗り、黒の点線で縁取りをしている。目・鼻は黒、口は赤で、描いた人のセンスが光る田の神像である。 自然石を田の神として祀る例はえびの市ではよくみられ、田の神の約2割が自然石である。自然石を田の神として祀るのは田の神像が生まれる以前からあったと思われ、田の神信仰の偶像化・シンボル化の第一歩であったのではないだろうか。 |
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宮崎の田の神 (87) 大明司の田の神 | |||
宮崎県えびの大明司 「昭和41年(1966)」 | |||
えびの市では現在でも田の神講が盛んで豊作を祈り田の神祭りがおこなわれる。戦後になって制作された田の神も多い。そのような田の神の一つが大明司の田の神である。 大明司の田の神はえびの市大明司の国道268号線沿いのコンクリートの祠に祀られている。昭和41年に制作されたもので、2俵の米俵の上にあぐらをかくユニークな姿である。あごひもがついたシキ様の笠をかぶっている。メシゲ・椀・米俵・あごひもは薄茶色、顔と手は白、衣裳と口は赤色に着色する。衣裳の衣紋は見られず、赤い競輪服着てヘルメットをかぶった競輪選手のように見える。像高67p。 |
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宮崎の田の神 (88) 佐院の田の神 | |||
宮崎県えびの市原田麓佐院 | |||
佐院の田の神 「大正15年(1926)」 | |||
木野家の田の神 「江戸末期?」 | |||
えびの市原田麓の東の端、川内川に流れ込む支流の小さな川にかかる橋のたもとに鉄骨造りの立派な祠がつくられ2体の田の神が祀られている。 向かって左の田の神は米俵の上に座り、メシゲと椀を持つ田の神である。大きなシキをかぶっている。服装は僧衣のように見える。えびの市教育委員会発行の「田の神さぁ」の写真では着物は青、メシゲと椀は茶色、シキと俵は黄色に彩色されていたが、平成18年の夏に訪れたときは、着物は赤と黄、青、メシゲと俵は薄茶色、シキはオレンジ色に塗られていた。大正15年(1926)の建立。像高68p。 右の田の神は、えびの市でよく見かける、膝を前に出してかがみ込みメシゲと椀をもつ像である。背中に2俵の俵を背負う。像高49pで素朴な味わいのある田の神である。江戸末期の作風で、木野家の氏神として祀られていたが、平成9年に寄贈され佐院の田の神の横に並べられた。 |
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宮崎の田の神 (89) 小牧の田の神 | |||
宮崎県えびの市大河平小牧 「年代不明」 | |||
えびの市大河平(おおこうびら)の小牧と川上にシキをアミダにかぶりメシゲを顔の横にかかげるように持ち、膝を前に出してかがみ込んだ田の神がある。 大河平小牧の田の神は民家の庭に小さな祠に祀られている。像高49p、メシゲと帯、口は赤、顔と手は白に塗られている。長袖の和服で袴をはく。着物には紺色の彩色の跡が残っている。左手は何も持たないが、破損していたものを最近修復したもので、もとは椀を持っていたと思われる。江戸末期の作風。 |
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宮崎の田の神 (90) 川上の田の神 | |||
宮崎県えびの市大河平川上 「明治時代」 | |||
大河平川上の田の神は立派な祠に祀られていて、現在も田の神講か開かれている。訪れたときも造花や生け花か供えられていた。像高57pで、右手でメシゲ、左手で椀を顔の横にかかげるように持つている。シキと着物と椀は赤、顔・手・メシゲは白に着色され、丁寧に目鼻、口がかかれいる。明治時代の作。 | |||
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宮崎の田の神 (91) 東原田八幡の田の神 | |||
宮崎県えびの市原田 | |||
東原田八幡の田の神1 「弘化4(1847)」 | |||
東原田八幡の田の神2 「江戸末期?」 | |||
えびの市飯野の五日市の南東に八幡岳と言う小さな山があり、寺と公園になっている。その麓の小さな集落が八幡である。八幡の西の田園地帯の中に小さな墓地があり、その墓地の前に、このかわいらしい2体の農民型の田の神像がある。 向かって左の像は高さ54pで、幅55pほどの2俵の大きな俵を背負っていて、俵2俵の高さは、背の高さとほぼ同じである。顔と胸、手は白く塗られていて、右手に赤いメシゲを左手に白に塗られた椀(握り飯に見える)を持つ。像の側面に「弘化四二月吉日」刻銘がある。 向かって右の像は高さ46pほどで、頭にシキをかぶり、右手に赤いメシゲを、左手に大きな赤い椀を持つ。白塗りの顔は、目と眉毛は黒く、口は赤く塗っていて、垂れ目の目と、赤い頬と口がかわいらしい。左の俵を背負う田の神は目鼻口を黒で描いているため、夫婦の田の神の様に見える。 |
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宮崎の田の神 (92) 大平落の田の神 | |||
宮崎県えびの市原田大平落 「年代不明」 | |||
国道221号線の五日市より1qほど南の大平落の県道沿いの小さな墓地の片隅のコンクリートのお堂にこの田の神が祀られている。すねから下を出してかがみこんだ姿の農民型の田の神である。 右手にメシゲを持ち左手に椀を持つ、衣服は青と茶色に彩色され、白塗りの顔には目鼻口が稚拙であるがかわいらしく描かれている。足は白く塗られていて、小さな大根のように見える。シキは頭に被らず光背のようになっている。 |
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宮崎の田の神 (93) 上上江の田の神 | |||
宮崎県えびの市上江118-3 | |||
JR吉都線「えびの飯野」駅の北西のえびの市上江(うわえ)の民家のそばに鉄筋とコンクリートで作った祠に田に祀られている。像高55pの農民型の田の神であるが、風化して彫りはあまり残っていない。現在、顔は白く、目・鼻・口・神は黒に彩色されている。シキと体は茶色がかった紫色で模様がつけられている。化粧した人のセンスの光る田の神である。訪れたときは1月の正月明けの時で、しめ縄が飾られ、花香が供えられていた。 | |||
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宮崎の田の神 (94) 末永の田の神 | |||
〒889-4302 宮崎県えびの市末永348-1 | |||
えびの市役所のあるえびの市加久藤より、白鳥温泉へ向かう途中にある末永地区にこの田の神がある。この田の神をモデルにした田の神の絵がえびの市のホームページや高速道路でえびの市を表す標識として使われていて、えびのでは最も知られている田の神である。 東原田大平落の田の神と同じようにシキを被らず光背のように表現している。右手にメシゲを持ち左手に椀を持つ、シキと衣服は赤と白に見事に彩色されいる。顔は白く彩色され、稚拙であるが可愛いい目鼻とおちょぼ口が印象的である。 現在、立派な社に祀られているが、毎年、5月4日には社から担ぎ出され、きれいな化粧を施されて、豊作を祈願する田の神祭りが盛大におこなわれる。 |
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