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ホキ石仏に続いて、堂が迫石仏(ホキ石仏第1群)がある。4つの龕に分かれていて、最初の龕(第4龕)は地蔵十王像を厚肉彫りする。中央の地蔵菩薩は右手は施無畏印、左手に宝珠を持つ古様で、石仏では珍しい右脚を折り曲げ、左足を垂らして座る半跏椅像である。左右に五体づつの十王像は鮮やかな色彩が残っている衣冠束帯の道服の姿で、個性的な怪異な顔が魅力的である。鎌倉時代以降の制作と考えられ。 次の龕(第3龕)は金剛界大日如来を中心とした龕で、如来座像は1mに満たない小像である。第1龕や第2龕に比べる、やや硬いいが引き締まった彫りである。衣紋は形式化しているので12世紀末〜13世紀の作と思われる。各如来の台座には願文や教典を入れたと思われる孔がうたれている。 続く第2龕は堂が迫石仏の中心となる龕で、像高も一番高く、等身大より大きい(釈迦如来座像は2m、他の如来は173〜178p)。制作年代も堂が迫石仏ではもっとも古く、ホキの阿弥陀三尊、古園石仏につく゜。重厚感のある体躯と引き締まった威厳に満ちた顔は貞観仏を彷彿させる。よく見ると、ホキの阿弥陀三尊のような鑿跡の冴えはなく、衣紋は平行状に刻まれていて形式化が目立ち、やや鈍重な印象である。 一番奥の第1龕も第2龕と同様に阿弥陀・釈迦・薬師の3如来を中心とした石仏群である。破損の甚だしい石仏群であったが修復が進み昔の面影をとり戻した。像高は第2龕よりやや小さく、153〜171pで、素朴な明るい表情が特徴である。12世紀後半の制作と思われる。 |
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