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伝仁聞菩薩
(六所神社磨崖仏)

 

 
  国東半島を中心とした大分県北部の磨崖仏は、大分県中部(大分・大野川流域)や大分県南部(臼杵地区)とは、異なった作風で、また、違った魅力がある。

 大分県中・南部の磨崖仏は、臼杵石仏や元町石仏・菅尾石仏に代表されるように、丸彫りに近い厚肉彫りの磨崖仏が多い。そして、それらは石窟形式か、覆屋を差し掛けて、風雨を防ぐ意図のもとに作られている。

  それに対して、熊野磨崖仏や楢本磨崖仏に代表される北部の磨崖仏は薄肉彫りや、半肉彫りの磨崖仏が多い。そして、それらは天然の岩肌に露出している。自然を生かし、自然と一体となった美しさ、それが、県北部の磨崖仏の魅力である。

  磨崖仏の作者については、県中部の「日羅」や県南部の「蓮城法師」などと同じく、伝説的な作者として「仁聞(にんもん)菩薩」があげられる。六郷満山といわれる国東の寺々も仁聞菩薩を開祖としている。 六郷満山の諸寺院の縁起によると、仁聞菩薩は六郷満山の諸寺院を養老2年(718)に開いたことになっている。 
 
 仁聞菩薩を実在の人物とする説もあるが、現在は実在の人物ではなく、宇佐八幡神(比売大神)そのものを人格化したものであるという説が有力である。

 宇佐八幡信仰の研究家中野幡能氏は、「仁聞」はもとは「人聞」であるとして、『「人聞」は、八幡の祭神の応神天皇の八幡菩薩に対して、その前身に対する法名で、これを神母菩薩として、平安時代に起こったもので、ヒメ神も、さらにヒメ神を祭祀する巫僧、豊国法師に流れをひく巫僧、つまりこの法統を次ぐ人々を含めて、<にんもん>と称するようになったもので、その初めは、神母と称する母子神信仰に由来する』 (「古代国東文化の謎」)と主張されている。

 参照
中野幡能  「古代国東文化の謎」   新人物往来社
窪田勝典・岩尾順  「大分の磨崖仏」    九環

 


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熊野磨崖仏 (史跡・重要文化財)    豊後高田市平野

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平安時代後期  像高  不動明王(約8m)・大日如来(約7m)
 わが国の第一級の巨像で、顔は大きく、鮮明な半肉彫りである。腹部以下は刻み出されていない。(崩れてなくなったという説もある。)大日如来は通常の大日如来に見られない螺髪である。有終の彼方を見つめるような厳しい目つきで、凄みを感じさせる磨崖仏である。岩と一体となった表現は臼杵磨崖仏とはまた、違った意味で日本を代表する磨崖仏といえる。

 大日如来の頭上に、両界種子曼陀羅が刻まれていて、この曼陀羅と不動明王で、熊野山・金峯寺・大峰山を表し、熊野三山信仰を具体的に彫像で表現したものである。

 
アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅より「富貴寺・熊野磨崖仏」行きバス「熊野磨崖仏」下車徒歩25分
・ 自動車  国道10号線の立石駅付近より県道新城・山香線で平野のバス停 「熊野石仏入口」 から南へ2.5km  
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不動明王

不動明王 大日如来 大日如来

 

田染郷の磨崖仏    豊後高田市

 
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元宮磨崖仏

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元宮磨崖仏
(多聞天)

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大門坊
磨崖仏
(邪鬼)
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大門坊
磨崖仏
(多聞天
 
 国東六郷(来縄・田染・安岐・武蔵・国東・伊美)の中で最も多くの文化財が残っているのが、この田染郷である。国宝の阿弥陀堂で知られる富貴寺、重文の仏像が多く残る真木大堂そして、上記の熊野磨崖仏などである。磨崖仏も多くみられる。その中でも、元宮磨崖仏と鍋山磨崖仏は熊野磨崖仏とともに史跡に指定されている。

・元宮磨崖仏(史跡) 鎌倉時代末期 豊後高田市真中字宮田 
 田染郷の総社であった八幡神社の北側の凝灰岩層の岩壁に6体の立像を半肉彫りする。向かって左から地蔵菩薩・持国天・欠損像(セイタカ童子)・不動明王・矜羯羅童子・多聞天である。いずれも穏やかな表情で、鎌倉末期から室町初期の作と思われる。
 
大門坊磨崖仏    室町時代    豊後高田市真中字大門
 大門坊といわれる一堂宇の向かって左横の凝灰岩の岸壁に彫られた磨崖仏。薬師如来座像・大日如来座像・如来形立像・多聞天立像などを半肉彫りする。堂の陰になっていて陽当たりが悪く苔がはえて、風化が激しい。
 ただ、天邪鬼を踏む多聞天はよく残っている。天邪鬼は丸い目をむき出し、いかにもとぼけた表情で印象に残る。
・城山四方仏石     室町時代   豊後高田市真中字城山
 真木大堂の南の丘の藪の中にある。現在木造の小堂に覆われている。磨崖仏は天然の崖に彫ったものが一般的であるが、この石仏は巨大な岩塊の四方に仏像を半肉彫りする。
 これは、おそらく京都今宮神社四方仏石のような四方四仏信仰によるものと思われる。普通、四方仏石は、薬師(東方)・釈迦(南方)・阿弥陀(西方)・弥勒(北方)で表現するが、この四方仏の場合はそのような配列にこだわらずつくられている。8体ほどみられる如来のうち6体は阿弥陀如来、2体は薬師如来と思われる。また、不空羂索観音と思われる像もある。
アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅より「富貴寺・熊野磨崖仏」行きバス「田染中村」下車。北へ徒歩100mで元宮磨崖仏、南へ徒歩徒歩400mで大門坊磨崖仏。城山四方仏へは「真木大堂」下車、南へ徒歩500m。

・ 自動車  国道10号線の立石駅付近より県道新城・山香線または、豊後高田市中心街より県道豊後高田・安岐線で、「田染中村」「真木大堂」へ。 

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城山四方仏石
(薬師・阿弥陀)
(阿弥陀)

 

青宇田磨崖仏     豊後高田市美和字青宇田

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室町時代               像高  阿弥陀如来(約37cm)
 青宇田地区にはに阿弥陀来迎図などの様々な画像が線刻された画像石(県有形文化財)と呼ばれる80枚ほど石板残っている。この画像石の収蔵庫の向かって左の崖の突き出た凝灰岩層の巨岩に小龕が刻まれ、中に上品上生印の阿弥陀如来を半肉彫りされている。
 小龕の左右に種子で観音(サ)と勢至(サク)が刻まれ三尊形式になっている。近畿地方などでは本尊を彫刻し、脇持を種子で表すのはよく見かけるが、九州では珍しい。
 
アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅よりバスで「豊後高田」下車。東へ約3.5km。
  「豊後高田」より「並石」行きバス、「青宇田」下車すぐ。
・ 自動車  国道10号線「うさ」駅前より国道213号線で豊後高田へ。豊後高田より、県道豊後高田・国東線を東へ約3.5km。

 

天念寺の磨崖仏    豊後高田市大字長岩屋

 
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川中不動
磨崖仏
セイタカ
童子

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行者磨崖仏

 
アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅よりバスで「豊後高田」下車。
「豊後高田」より「並石」行きバス、「松行」下車。北東へ徒歩3km。
・ 自動車  国道10号線「うさ」駅前より国道213号線で豊後高田へ。豊後高田より、県道豊後高田・国東線を東へ約10km。バス停「松行」より北東へ3km。
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 川中不動磨崖仏
・川中不動磨崖仏   室町時代
 鬼会で有名な天然寺の前の岩長屋川の巨大な岩石の壁面に東向きに浮き彫した不動三尊である。首をすくめた悪童面したセイタカ童子といかめしい表情の不動明王が印象的である。
 あたかも川の中にあるように見え、絶好の被写体であるが、私が行った3回とも午後中のため、逆光でよい写真が撮れなかった。
 
・行者磨崖仏   江戸時代     豊後高田市大字真中字大門
 天念寺の身濯神社の横の岩に、頭巾をかぶり、左手に錫杖を持って座する役行者像を半肉彫りする。役行者の磨崖仏は奈良県の生駒市によく見かけられるが、九州では珍しい。他に、弘法大師像と思われる磨崖仏などがある。

 

堂の迫磨崖仏 (県史跡)  豊後高田市大岩屋 応暦寺裏山

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十王立像
六地蔵立像

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施主夫婦像
倶生神立像

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弓を持つ神像

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室町時代 像高 倶生神立像(64cm) その他59cm〜35cm
 応暦寺の本堂の左横から奥の院へ通ずる山道の傍の崖の上に、横に細長い3つの龕が彫られ、左から六観音・十王像・六地蔵・施主夫婦像・倶生神(司録像)を半肉彫りする。司録像は筆を持っている。おそらく、倶生神に夫婦の善行を記録させ、死後、冥界の十王に、報告させて、極楽往生を願ったものと思われる。六観音・六地蔵は六道輪廻の苦しみから救済を願ったものであろう。
 いずれも、50cm前後の小像であるが、印象に残る磨崖仏である。

磨崖聖徳太子像と弓を持つ磨崖神像
 
応暦寺奥の院の階段を登りつめた正面の小さな岩に磨崖聖徳太子像がある。小さいながらも写実的な表現なので、鎌倉期か室町時代の作品と思われる。その磨崖聖徳太子像の近くで見つけたのが、左の弓を持つ古代の姿をした磨崖神像である。製作年代は不明であるが、聖徳太子像と同じ頃ではないだろうか。

アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅より大分交通バス「豊後高田」下車
豊後高田より「黒土」行き高田観光バスで「上真玉支所前」下車徒歩8分
・ 自動車  国道10号線「うさ」駅前より国道213号線で真玉町へ。真玉町役場手前で県道赤根・真玉線を東南東へ約5km。バス停「上真玉支所前」を手前を北へ500mで応暦寺。



福真磨崖仏 (県史跡)  豊後高田市黒土 四王権現社

室町初期  像高  不動明王89cm・多聞天80cm・大日如来52cm 他40cm前後

 県道から田んぼのあぜ道を通り、小川に差し渡した一枚板の橋を渡り、小さな鳥居をくぐった、四王権現社の参道脇の石造の覆堂内に、高さ160cm、幅450cmの枠を岸壁に区画し、その中に19体の像を半肉彫りする。
 中央に金剛界大日如来座像と金剛界四仏座像を刻み、左に六地蔵座像、右に六観音座像を刻む。右端には多聞天立像、左端には不動明王立像が彫られ、さらに向かって右の外壁には種子の胎蔵界曼陀羅又は法華曼陀羅が刻まれているということであるが、摩耗してわからない。
  
アクセス
・ JR日豊線「うさ」駅より大分交通バス「豊後高田」下車
豊後高田より「黒土」行き高田観光バスで「下黒土」下車すぐ
・ 自動車  国道10号線「うさ」駅前より国道213号線で真玉町へ。真玉町役場手前で県道赤根・真玉線を東南東へ約6km。

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金剛界大日如来座像

多聞天



国東半島の磨崖仏2 豊前の磨崖仏・その他

1_b2.gif (1021 バイト)国東・豊前の石仏地図



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